選手主導。
ジュンスポーツ北海道には、
いわゆる「専任コーチ」はいない。
それは、指導者がいないという意味ではない。
だが、常に答えを与え、全体を統率する存在も置いていない。
この構造は、偶然ではない。
人手不足でも、過渡期でもない。
意図して、そうしている。
誰がチームを動かすのか
一般的なスポーツチームでは、
コーチがメニューを決め、
コーチが修正点を示し、
コーチが責任を負う。
だがジュンスポーツ北海道では、
その役割の多くを、選手自身が担う。
今日の練習で何を優先するのか。
誰の演技を見て、何を共有するのか。
不調の原因を、どう捉えるのか。
判断の中心にいるのは、常に選手だ。
MLB式の思想に近い場所
メジャーリーグでは、
「コーチが正解を教える」文化は、すでに主流ではない。
映像、データ、感覚。
それらをもとに、選手が仮説を立て、試し、修正する。
コーチは、
指示を出す存在ではなく、
思考を止めないための環境を整える存在だ。
主役は、常に選手。
判断の責任も、選手が引き受ける。
体操競技で、それをやるということ
体操競技は、
正解が一つではない競技だ。
同じ技でも、
身体の特徴、恐怖心、得意不得意によって、
最適解は変わる。
だからこそ、
誰かに与えられた正解は、
本番で崩れやすい。
自分で選び取った感覚だけが、
試合で再現できる。
専任コーチがいない理由
専任コーチがいないことは、
一見すると不安に映るかもしれない。
だが、それは
「誰かが責任を取ってくれる」構造を
あらかじめ手放すという選択でもある。
失敗した理由を、
指導のせいにできない。
メニューのせいにもできない。
すべてが、自分に返ってくる。
考える選手は、崩れにくい
誰かの指示で動いてきた選手は、
想定外のミスが起きた瞬間、立て直せなくなる。
だが、自分で考え、選び、積み上げてきた選手は違う。
「なぜ崩れたか」を理解している選手は、
次の一手を、自分で決められる。
それは、競技人生が長くなるほど、
大きな差となって現れる。
指導しない、という指導
誤解してほしくない。
放置しているわけではない。
見ている。
記録している。
必要なときだけ、問いを投げる。
だが、
答えは渡さない。
答えを出すのは、選手自身だ。
競技の先に残るもの
競技を終えたあとも、
人生は続いていく。
そのとき必要なのは、
誰かの指示を待つ力ではない。
自分で考え、決め、修正し続ける力。
ジュンスポーツ北海道が
選手主導という形を選んだ理由は、
そこにある。
選手主導。
専任のコーチはいない。
だが、
考える力を育てる環境は、ここにある。